勝厳寺には、さまざまな護世護法(世の中を守り、佛法を守る)の諸天善神がいらっしゃいます。

鬼子母神 (きしもじん)

法華経の守護神・鬼子母大善神は、釈尊の時代には訶梨帝母(かりていも・ハーリティ)とよばれ、千人の子供を持っていました。
彼女の性格は非常に残忍で、赤ん坊の肉を好み、近隣の幼児を片っ端から誘拐してはその肉を食べていました。
そこで、釈尊は訶梨帝母を教え諭すために、彼女の末っ子を隠してしまいます。
訶梨帝母は狂ったようにわが子を捜し、お釈迦様に詰め寄ります。
釈尊は、「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と戒められました。
訶梨帝母は今までの過ちを悔い改め、佛法に帰依しました。

そして、十羅刹女とともに法華経の行者の守護を固く誓います。以降、特に安産・子育の善神として人々に尊崇されています。

ご開帳日 = 元日、成人の日、47日、128

縁日 = 毎月8日、18日、28

大祭 = 元日、成人の日、47日、128

最上位經王大善神(さいじょういきょうおうだいぜんじん)

最上位經王大善神は、一般的に『お稲荷さん』と呼ばれることから、そのご神体はキツネであるとの誤解がありますが、姿を持たない久遠実成の御本佛の応現として衆生の済度のために菩薩の姿となって現れた、法華経の守護神です。

最上位とは、神々としての位階が最も上位であることを表します。また経王とは、数ある経典の中の王をいい、久遠実成の本師釋迦牟尼佛の秘密を唯一説き明かした妙法蓮華經(法華經)を指します。つまり、最上位經王大善神とは、われわれが受持する法華經の經力の不思議そのものなのです。

一般的に最上位經王大善神の姿は美しい女身で、左の肩に稲束をになって、右の手に鎌を持ち、口に如意宝珠をくわえた白狐を連れた姿で表現されています。稲束は、最上尊が五穀の神であることを象徴するものです。これは食糧をもって生活を守護することを意味しています。また鎌は、稲束と共に農作を表し、広く労働 を守護する意味を持ち、更に悪を払い、退散させる意をも表しています。白狐のくわえている如意宝珠は、心願成就・開運招福を意味しています。 最上位經王大善神の連れている(乗っている)白狐は、最上尊の清浄なることを表す色である白と、神出鬼没の神通力・神秘的な霊力を象徴するものです。

なお、稲荷=キツネの認識は、稲荷の眷属である狐の霊力を、人々が恐れるあまりできあがった誤解と思われます。

ご開帳日 = 毎年47日、128日の年2

縁日 = 8日、15日、初午(平成24年は215日)

大祭 = 47日、128

(伝)仙道山勝厳寺安置經王大善神の由来

抑當山ニ安置經王大善神様ハ今ヲ去ルコト五十餘年前三日月村字戍妙暹寺ニ八月八日神告靈夢ニ因リ當日ヲ縁日トシテ勧請セシ經王武久大善神ト申シ奉ル稲荷様ニシテ靈験箸シク殊ニ武運長久ノ神様トシテ遠近ノ信者参詣多ク靈験灼カナル事ハ世人ノ能ク知ル処ナリ 遠ク長崎佐世保山口多久佐賀方面ニ亘リ信者多カリシ 偶當山二十四世峯松義光聖人住職セラルニ當リ當山ニ移シ安置シ奉リシハ今ヨリ四十七年前ニシテ昭和二十年ナリ 然ルニ堂宇狭隘ナルヲ以テ信者佐賀郡八田宿鷲崎清次氏外己人ノ浄財ヲ以テ堂宇全部ヲ建築セラレタルモノ爾来今日ニ至レリ

昭和十一年九月誌  担家並信者 飯盛増太郎(六十五才)誌ス

三十番神(さんじゅうばんじん)

一ヶ月の間、毎日交代で国を守る三十の神々のことで、室町期以降に本地垂迹思想(佛というものはそれぞれの国にふさわしい姿で現れるという考え方)から起きたとされています。日蓮宗では、三十番神に含まれる日本の代表的な神々はもちろん、下記に表示していない大小さまざまな神々に至るまで、全て法華経の善き守護神として信仰されています。当番の神々と受け持ちの日にちは下記の通りです。

1日  伊勢大明神
2日  石清水八幡大明神
3日  賀茂大明神
4日  松尾大明神
5日  大原野大明神
6日  春日大明神
7日  平野大明神
8日  大比叡権現
9日  小比叡権現
10日  聖眞子権現
11日  客人大明神
12日  八王子権現
13日  稲荷大明神
14日  住吉大明神
15日  祇園大明神
16日  赤山大明神
17日  健部大明神
18日  三上大明神
19日  兵主大明神
20日  苗鹿大明神
21日  吉備大明神
22日  熱田大明神
23日  諏訪大明神
24日  広田大明神
25日  気比大明神
26日  気多大明神
27日  鹿嶋大明神
28日  北野天神
29日  江文大明神
30日  貴船大明神

日蓮宗の三十番神は上記の通りですが、地域や宗派によって他にもいくつかのパターンも見られます。

毘沙門天王(びしゃもんてんのう)

須弥山の中復の四面に住して、各々一天下を護る四王のうちのひとりで、別名を多聞天といいます。
東方は持国天王、西方は広目天王、南方は増長天王、そして北方を護るのが毘沙門天王で、法華經のみならず広く諸経に説かれてきたおなじみの神様です。とりわけ毘沙門天王は「四天下第一の福天」として独立して信仰され、四天王の中でただひとり、七福神にも加えられています。

日蓮大聖人も、法華経の守護神として四天王を崇敬されており、曼荼羅の四すみには必ず四天王を書かれています。本宗の地鎮祭、家祈祷などでも、ほとんど四天王を勧請しています。

清正公大神祇(せいしょうこうだいじんぎ)

加藤清正公は、安土桃山時代に活躍した武将です。『せいしょこさん』として、在世から現在に至るまで庶民に愛され、親しまれています。また、熱心な日蓮宗 信者としても知られており、現在多くの日蓮宗寺院に守護神として勧請され、人々の信仰を集めています。

清正公は尾張国に生まれ、肥後北部の領主となります。
かつて大阪に創建した本妙寺を熊本城内に移建し、日蓮宗を手厚く外護します。
このため領内に相次いで日蓮宗寺院が建立され、本妙寺を中心に西九州における日蓮教団の教線は飛躍的に拡大しました。

朝鮮出征に先立ち、帰依僧である京都本圀寺の日禛上人に法華経 一万部読誦会を依頼し戦勝の祈願を行いました。
文禄の役には秀吉の授与された南無妙法蓮華経の題目旗をひるがえして戦場を駆け巡ったと言われています。本妙寺第三世日遥、小湊誕生寺十八世日延は、清正公が朝鮮から連れ帰り養育した人物です。

加藤清正といえば、どうしても剛の武者という印象が強いのですが、実際は卓越した行政手腕も持ち、まさに戦国時代を代表する智勇兼備の名将だったといえるでしょう。

清正公の没後、清正公に対する崇敬と熊本における庶民信仰としての御霊信仰が結びつき、治病除災の神、または法華経守護の神として清正公信仰が興り、それが全国に波及し、今日に至ります。

ご開帳日 = 毎年823

大黒天(だいこくてん)

大黒天は、恵比寿とならんで福徳や財宝を与える七福神として広く親しまれています。
ふっくらとした体型で顔に微笑を浮かべ、頭巾をかぶって右手に打出の小槌を持ち、右肩に大きな宝の袋を背負って、米俵の上に乗っている姿がお馴染みです。
しかし、もともとはインドの死を司る恐怖の破壊神で、暗闇の中に住み、恐ろしい姿をしていました。
大黒天は、サンスクリット語で摩訶迦羅(まかから・マハーカーラ)と言います。マハーは『大いなる』、カーラは『闇黒』です。ヒンズー教ではシヴァ神が世界を灰にする時、この姿になるとされています。この神に祈ると必ず戦いに勝利するので、インドでは大いに信仰されました。
その後、仏教に取り入れられて三宝を守護する戦闘神となりました。
また、苦行する仏教徒には穀物を与えるとされ、食料や厨房を司る神としての性格も持つようになりました。

日本では、平安時代に天台宗の開祖である伝教大師が比叡山延暦寺に祀ったのが始まりと言われています。
この比叡山の大黒天の霊験の強さは有名で、各地に大黒信仰が波及します。
さらに、出雲大社の御祭神として知られる「大国主命」(おおくにぬしのみこと)が、「大黒」と同音であることで民俗信仰と習合してい つしか七福神の一人に加えられ、江戸時代頃から現在のお姿になり、福の神として一般に広く知られるようになりました。

大黒天のお祀りの仕方は、通常、仏壇に入れず神棚に別に勧請します。
年に6回ある甲子(きのえ・ね)の日が縁日です。
この日に供物をささげ、法要を厳修しましょう。

一般的に食堂や台所にまつられることが多く、そこから転じて寺の婦人(僧侶の妻)を大黒さんと呼ぶこともあります。
また建物の中心となる太い柱を大黒柱と呼びますが、これは大黒さまが天・地・人を守る事から屋台骨を支えるものをこのように呼びます。

ちなみに大黒天が俵に乗っているのは「毎日ご飯を供えてお参りすれば、一生、食に不自由はさせない」というお告げあった話が残されており、米俵と結びついたようです。

日蓮大聖人も「真間釈迦佛御供養逐状」の中で「いつぞや大黒を供養して候しい其後より世間なげかずしておはするか大黒天を供養してからは安楽に過ごしていらっしゃいますか?」とおっしゃっています。また「大黒天神供養相承事」では「大黒天神を信ずる者は、現世安穏・福祐自在、疑なし。毎月毎日信ずること成り難き者は、六斎の甲子(60日に一度ある大黒天の縁日)に、供物を調え、御祭祀あるべき者也。是れ秘中の秘なり」と大黒天を供養することを勧めてい らっしゃいます。皆様もぜひ大黒天をご家庭に勧請してお祀りしましょう。

縁日 = 甲子
(令和2年甲子の日は1月22日、3月22日、5月21日、7月20日、9月18日、11月17日)

大祭 = 1月成人の日

水神明王(すいじんみょうおう)

水は、われわれ人類のみならず、現在確認されている全ての生命体にとって、最も身近で不可欠の物質です。
太古、最初の生物は海で誕生し、また、生命体の組織そのものも多くの水分から構成されています。
万物は木・火・土・金・水の五種類の元素からなるという、古代中国で興った五行思想でも、水生木といって、水が全てのいのち(全ての生命体は五行思想では『木』に含まれる)をはぐくみ、逆に水無しにいのちは生まれないと考えられています。 すなわち、水は全ての生命の源泉であり、衆生の生命活動を支えるという、水の根本的な霊性のことを総称して水神といいます。

また、水は火を消すはたらきがあります。佛道修行の妨げとなる三毒は、しばしば『燃えさかる炎』に譬えられます。つまり、われわれの中に起こる怒りの火、嫉妬の火、恨みの火などを消し去る全ての力のことを水神といいます。

どんなに少量の水にも水神は宿ります。われわれの身の回りにあたりまえのようにある水の力に感謝し、同時に水神の智慧で煩悩の炎を消し、菩提への到達を願いましょう。

北辰妙見大菩薩(ほくしんみょうけんだいぼさつ)

地軸の遥か延長線上に存在する恒星・北極星。明るさの度合いで言えばそれほど目立つ星ではありません。

しかし、すべての天体はこの北極星を中心として規則的に運行しています。それは、地球に対して圧倒的な存在感を誇る太陽ですらも例外ではありません。古今 東西、人類はこの北極星を唯一の指針に、何も座標となるもののない荒野や大海を旅してきました。この北極星は日天・月天をも従えた全天の覇王であり、天と地と人との大調和を考える上で、北極星を天上界の応現神として信仰を捧げることが基本となります。

ご開帳日 = 成人の日、夏至、冬至

大祭 = 成人の日